CHAPTER03少子高齢時代に求められる
安全安心な街づくりのために
街路と公園の再構築を考える
学術研究院工学系部門 教授 川本義海 × 中央測量設計株式会社 設計部部長長谷川博次
右:川本義海
福井県出身。福井大学大学院工学研究科システム設計工学専攻修了。豊田都市交通研究所研究員等を経て、2001年に福井大学に赴任し、2019年から現職。安全安心で持続可能な交通、都市空間の形成に関する教育研究に従事しながら、国?県?市町の各種社会基盤の整備計画にも多数参画している。趣味は仕事?も兼ねた“どらぶら(ドライブ)”と“まちぶら(まち歩き)”。
左:長谷川博次
福井県出身。福井工業大学建設工学科卒業後、中央測量設計(株)入社。設計部に在籍し、道路や橋梁等の設計業務に従事。平成4年度より福井大学との産学共同研究に参加。過去の研究テーマは「交差点環境整備計画のための計画情報の作成」「ITを活用した道路?交通空間の整備とその評価に関する研究」など。幼少期よりスキーを続けている。
研究の目的?内容
少子?高齢化が進む中、福井でも中心市街地の人口が減少するとともに、車が往来する危険な生活道路や、防犯上の不安が感じられる公園など、環境悪化を危惧する声も聞かれます。
一方、近年、全国各地では、中心市街地を効率的かつ安全安心な生活環境を備えた空間、すなわちコンパクトシティへと再構築する動きが見られるようになってきました。
当学と総合建設コンサルタント事業を手掛ける『中央測量設計株式会社』は、街づくりに関する共同研究を実施する中で、少子高齢時代には、人々が安心して暮らすことができる地域のコミュニティ形成が必要であるとの認識の下、その端緒になると考えられる、街路と街区公園の再構築の研究に取り組んでいます。
成果
先進事例を通してのディスカッションや現地視察により、社会の変化に対応した街づくりについて考察と検証を深めています。その中で、当学の『プレカレッジ』において高校生がデザインした公園モデルを、建設事業者や行政関係者、さらに広く市民に披露し、さまざまな意見を得たことで、実現させたい街路と街区公園の具体的なイメージが出来上がってきています。脱画一的規格化とネットワーク化が鍵といえます。
歩く人の目線で見直し
街路と公園の緩やかな繋がりを目指す
川本?中央測量設計さんとの共同研究は、私の恩師である本多義明先生のときに始まり、20数年のお付き合いになりますね。
長谷川?確か平成4年にスタートし、川本先生は、その何年か後に参加されたと記憶します。
川本?うちの研究室は、大学院生全員が共同研究に参加することになっておりまして、私も院生としてメンバーに入れていただきました。幾つかのテーマで取り組んできましたが、近年は、地域のコミュニティ形成に繋がる空間整備に焦点を当て、中でも、街路と街区公園(以下、公園という)の再編をテーマにしています。
長谷川?福井市街地にある公園と周辺の道路を整備し、使い勝手を高めると同時に、安全安心な空間として地域の人々が日常的に利用できる場所に変えていけたらということですね。
川本?以前の街づくりに関する研究は、駐車場の整備など車に関するものが中心でしたが、最近は、歩く人の目線で考える街づくりに変わっています。その背景にあるのが高齢化と、子どもが外で遊びにくくってしまったという環境の変化です。福井は広い道が多いので、車がスピードを出し過ぎる傾向があり、危険が多いと思われます。昔は子どもたちが家の前の道路で遊んでいました。車も通るけれど、スピードはゆっくりだった。ところがいつの間にか、車優先の風潮となり、遊べる空間ではなくなってしまいました。道路がこのような状況なので、公園も中は安全だけど、一歩外へ出ると危ないのが現状です。そこで考えたのが、柵などで中と外を明確に分けるのではなく、公園と道路の接点に曖昧性を持たせた、お互いが譲り合う空間をつくれないかということです。このように市街地再構築の糸口として最も適しているのが街路と公園と考えながら、メンバーの皆さんと先進地視察や事例研究を重ねています。
長谷川?弊社の社員も視察に同行したり、ディスカッションに参加したりして、さまざまな経験をさせていただいています。また、街づくりに関する新しい情報に触れることができる機会にもなっています。
建設のプロから子どもまで
高校生デザインの公園モデルに意見を収集
川本?街路と公園の再編を考えるに当たり、3年前から続けているのが、高校生に自分たちが思い描く公園の模型を作ってもらい、建設?建築の専門家や市民の方から評価いただくという取り組みです。当学では夏休み期間に、高校生が大学での学びを経験する『プレカレッジ』を2日間に渡って開いていますが、私たちの共同研究の一環として「街路と公園の共空間デザイン」をテーマに参加者を募集したところ、昨年は、県内4高校から約30名の応募がありました。1日目の午前中は、高齢化など社会の変化や、地域と街づくりに関する情報を提供し、街路や公園を造り変えることで、安全安心な地域が実現するかもしれないという、彼らの意識を喚起するような話をします。そして午後に、大学から10分くらいのところにある日新地区の『乾公園』へ出かけ、その現状を把握してもらい、「この公園をどう変えるか」を5~6人のチームに分けて話し合ってもらいます。そこで出されたアイデアをもとに、翌日5時間くらいかけて、自分たちがイメージした公園の模型を作ってもらいました。さらにチームごとに発表し、評価し合います。「ボールで遊ぶ場所と遊具で遊ぶ場所を分ける」とか、「木の周りを囲うように椅子を設置して、公園を360度見渡せるようにする」とか、アイデアあふれる公園のモデルができましたね。
長谷川?本当にすばらしいですね。そしてこのモデルをプロの目で見ていただこうと出展しているのが、毎年開催されている『フクイ建設技術フェア』ですね。県内の建設?建築事業者約80社が集まってこられるので、設計者や現場で建設に携わっている方の意見をいただくことができます。良い評価がたくさんある一方、「ここは水がたまって危ない」とか、「お金がかかりそう」とかリアルな指摘もありますが、すべて高校生たちに返していますね。
川本?ええ、自分たちが作ったものがどう評価されるか、プロの目にどのように映るかを知ってもらうのは大事なことですね。それから、広く一般の方の意見も聞くために、10月に開催する当学の『きてみてフェア』においても、来場者の意見や感想をいただいています。来られるのは、小学校?幼稚園などのお子さんを持つご家族が多いので、親御さんとお子さんそれぞれにアンケートを行い、大人と子どもの意識のギャップなども把握できました。
思い描いた空間を実現するために
地域の現状を把握する
長谷川?高校生の公園モデルへの評価をワーキングの中で共有しながら、再構築する街路と公園のイメージを検討してきたことで、いろんなものが見えてきましたね。
川本?そうですね。例えば、公園と道路を併せて改修する中で、柵を無くしてしまうという考えもその一つですね。今、多くの公園は、出入口以外は柵で囲って安全を保っている形ですが、実は、道路は車、公園は人というふうに明確に分けることで、その境界線を1番危なくしているとも言えます。
長谷川?それから、どの公園も定型パターンが多いですが、球技場だけの公園や、砂場や遊具だけの公園が近いエリアにあれば、遊びによって使い分けることができますね。そうすれば、ボールがぶつかる心配もなくなります。
川本?公園を使い分けできるようにするとしたら、少し遠くの公園まで移動することになるので、道路の安全も考える必要が出てきます。私たちが公園と道路をセットにすると地域全体が安全になる、さらにいくつかの地域の公園をネットワークでつなげるのがいいでしょうと提案している理由もそこにあるわけですね。これが実現すれば、例えば、幼稚園や保育園などが、園児を公園などに連れていくとき、どこを通ると安全なのかもわかりやすくなります。
長谷川?安全な道や、皆が避けているような危険な場所はどこなのかを調査しようというのが、これからの取り組みですね。
川本?ええ、福井市内の幼稚園や保育園の方に、園児を連れていく場所や、使用する道路の選定についてお聞きするアンケートを2020年度初めに実施する予定です。
長谷川?実際の公園や道路の再整備には行政が動いてくれる必要がありますが、その理解を得るのは難しいですね。経費がかかることですし。
川本?街路も公園も、手を加えるには行政への働きかけが必要ですが、例えば地域住民から声が上がるとスムーズに進むこともあります。我々としては、こういうモデルを地域へ提案し、議論しながら地元の皆さんに積極的になっていただく、そういう流れになるとよいですね。
大切なのは取り組みの継続。
共同研究ならではの魅力も実感
長谷川?かなり前から、街の中心部から郊外へと人が移っていますが、公園や道路が再整備され、安全で落ち着いた空間ができてくれば、住みたいという人が増えてくると思います。
川本?10年前は、歩いて暮らせる街は言葉だけの感じでしたが、最近は具体的動きが見えるようになってきました。今まで道路だったところに、テラスやベンチを置いたポケット空間を設けるなど、街を楽しむ視点が生まれています。このような方向へ向かっているのは間違いありません。行政が動き始めたときが我々の出番。それまでは提案や情報の発信を継続していくことが大事だと思います。大学との共同研究はそういうものかもしれないですね。
長谷川?継続という点では、弊社の設計部員がこの共同研究に参加してきたことで、業務とは違った目線を養うことができました。学会で発表させていただいた経験は、プレゼンなどにも大いに役立っています。また、学生さんの新鮮な意見を聞ける貴重な機会にもなっています。
川本?それは大学も同じですね。学内の研究だけでは外との繋がりが持てませんが、共同研究させていただくことで、民間の会社の方がどういった考えで、どのような仕事をされているのかがわかります。地元の企業について知る機会にもなっており、大変ありがたいと思っていますので、これからもよろしくお願いします。
長谷川?弊社としても、この共同研究が地域の中で果たすべき役割に繋がると考えています。改めてよろしくお願いします。