匂いと記憶の世界
生物の教科書で見かけたような、ミドリムシのようにも見えますが、これは匂いと体験が結びつく記憶に欠かせない“ある物質”を捉えた写真です。
私たちが「へしこ」を美味しいと思えるのは、へしこの「匂い」と「美味しいという体験」を連合して記憶しているからです。匂いの感覚は、鼻に入った匂い分子の情報が、脳の「嗅覚野」と呼ばれる部位で処理され、その記憶は、脳の「海馬」で行われます。この嗅覚野と海馬は、嗅内皮質(きゅうないひしつ)と呼ばれる記憶領域で情報の橋渡しをしています。本学医学部の村田 航志 助教とカリフォルニア大学医学部の五十嵐 啓 助教授らの研究グループはこの嗅内皮質に着目し、匂いの記憶はどのように作られているのか検証しました。
実験で、マウスが「甘い匂い→砂糖水を舐める」という体験をすると、嗅内皮質にある扇状細胞と呼ばれる神経細胞が連合記憶の形成を行っていることを発見しました。この時にマウスは匂いを嗅いですぐに砂糖水がもらえると、脳の快楽物質として知られるドーパミンを嗅内皮質に放出しました。上の写真は嗅内皮質でドーパミンが放出されることを、下の写真は扇状細胞がドーパミンを受け取ることを捉えています。これらの実験により、ドーパミンが記憶の起爆剤として“連合記憶の定着化”を行っていることが明らかになりました。
本研究成果により、歳をとっても脳の記憶を保つためにはドーパミンを促すような美味しい、嬉しいポジティブな体験を保つことが重要であることも予想され、将来的にはアルツハイマー病などの記憶疾患の治療法につながることが期待されます。
Lee, 五十嵐、村田ら著 Nature誌より。
本研究は、2021年9月22日英国科学誌「Nature」に掲載されました。